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書籍|菅野康晴|生活工芸と古道具坂田

書籍|菅野康晴|生活工芸と古道具坂田

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『生活工芸と古道具坂田』
著者|菅野康晴
発行|2024年6月1日/新潮社青花の会
A5判/上製本/136頁


2000年代は「生活工芸」と「古道具」の時代でした。前者の代表が木工家の三谷龍二さんで、後者は古道具坂田の坂田和實さんです(当人はそう思っていないかもしれませんが)。「生活工芸」も「古道具」も、既存の権威にたいする抵抗、挑戦という側面がありました。その構図は明快で、しかも奏功します。そういう時代がきていた、ということだったのだろうと思います。いまはあのころのような構図のわかりやすさはうしなわれている気がします。2000年代と2010年代以降をくらべて、決定的な差は、SNSの普及と出版業の衰退でしょう。構図の消失、もしくは氾濫。本書におさめた文章の多くは、2010年代以後に、2000年代を回顧したものです。挑戦者が挑戦される側に、あえていえば弱者が勝者になったあとで、その成果の中身を考えようとしたものです。(「あとがき」より)


著者|菅野康晴 SUGANO Yasuharu
『工芸青花』編集長。「青花の会」代表。1968年栃木県生れ。1993年新潮社入社。『芸術新潮』及び「とんぼの本」シリーズの編集部に在籍後、2014年「青花の会」を始める。担当した本に、金沢百枝+小澤実『イタリア古寺巡礼』、川瀬敏郎『今様花伝書』『一日一花』『花をたてる』『四時之花 なげいれ稽古録』、坂田和實『ひとりよがりのものさし』『古道具もの語り』、中村好文『住宅読本』『意中の建築』、三谷龍二他『「生活工芸」の時代』『工芸批評』、李鳳來『李朝を巡る心』など。


目次|
1
ふたつの工芸
生活工芸の「ふつう」
三谷さんと生活工芸の四〇年
台北で気づいたこと
年表「生活工芸」の時代
2
坂田さんの仕事
拙をめぐって 路花さんの書
タパの話
3
古道具坂田と生活工芸派
編集した本
劉檸さんとの対話

あとがき


本書より|
「生活工芸」という言葉にはいま広義と狭義があって、今回は狭義のほうです。2010年から12年まで毎年、金沢21世紀美術館で「生活工芸プロジェクト」展がひらかれました(主宰は辻和美さん。安藤雅信さんも企画協力者でした)。2012年と14年には高松で「瀬戸内生活工芸祭」がありました(三谷龍二さんは主宰者のひとりでした)。「生活工芸」という語に狭義が生れたのはそのころです。──「生活工芸の『ふつう』」

柳や白洲の「ふつう(平凡)」になくて坂田さんの「ふつう」にあるもの、それは価値判断する主体の階級性の自覚です。(略)つまり古道具坂田の骨董とは(すくなくともその一面は)「富裕者の高慢税ではない骨董は可能か」という(階級闘争的)問いであり、「可能」というこたえなのです。──同

生活工芸派とことなり、個人の工芸作家の多くはおそらく坂田的問いからはじめないでしょう。自身の階級の自覚ではなく、既存の階級の欲望を意識することからはじめると思います。権威主義的、もしくは商業主義的に。よしあしではありません。工芸とはそういうものです。──同

以来「生活工芸とはなにか」という議論がくりかえされてきたのだが、私はひとまず、以下のように考えている。

「現代日本のバブル経済崩壊後に、もてる者たちが起動させた、もたざる者たちによる、もたざる者たちのための生活文化。〈もてる/もたざる〉は経済にかぎらず、人脈、権威、技術、地盤、経験、権利等」

そして「生活工芸の時代」は、以下の3期にわけられるとも考えている。

・初期(2000年代前半)──メディア(ギャラリー、雑誌、スタイリスト等)主導期
・盛期(2000年代後半)──作家主導期
・後期(2010年代前半)──概念形成期 

──「三谷さんと生活工芸の四〇年」

たとえば広瀬さんは「桃居」をはじめた理由について、バーの経営をつうじて体感していたバブル期の日本社会のから騒ぎ、その実のない感じにむなしさをおぼえて、もっと地に足のついた仕事がしたいと、なかば「ひきこもる」つもりで器の店を考えたという。非日常から日常へ。彼岸ではなく此岸で。ここにも、三谷的(生活工芸的)転回がみられる。──同

坂田さんは物の美の相対性(不確実性)について言及しつづけている眼利きだ。それはたんなる相対主義(なんでもあり)ではもちろんない。美は物じたいにはないけれど、物と場所、物と人、物と物といった関係にこそやどる(生じる)というのが坂田美学のテーゼだと思う。──「坂田さんの仕事」

かりに1973年にはじまる古道具坂田を、前期(→94年=museum as it is)、中期(→06年=骨董誕生展@松濤美術館)、後期(07年→)にわけるとして、さらに(図式的にすぎるかもしれませんが)前期を「西洋民芸」時代、中期を「骨董/古美術」時代、後期を「非ジャンルとしての古道具」時代とすると──『ひとりよがりのものさし』は2003年刊、村上さん文中の松濤美術館個展は2012年。ちなみに白洲正子が評価したのは「中期坂田」です──雑巾やコーヒーフィルターなど、村上さんが評価するのは「後期坂田」であり、しかも非モノ的であることが、バブルラップ展にゆくとわかります。──同

2006年に渋谷の松濤美術館で「骨董誕生」展をみた。益田鈍翁、原三溪、青山二郎、白洲正子といった数寄者たちの旧蔵品とともに、坂田さんの物もでていた。ボロ雑巾や使用済のコーヒーフィルターなど。やはりゴミにしかみえず、村上さんは衝撃をうけた。それは若いころ、ニューヨークではじめてジェフ・クーンズの作品をみたときの衝撃に似ていた。──同

『工芸青花』の取材では、古い物──数百年まえ、数千年まえの作を撮影することもあるのですが、そんなときに思うのは、物はのこりやすく、言葉はのこりにくい、ということです。──「劉檸さんとの対話」


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